思うように時間が取れないのはダメ人間の証拠。まぁ僕の場合そのへんは紛れもないんですが。
理由は良くわからないのだが、最近何をしていても落ち着かない。思い出せない何か重要な用事でもあるんでなかろうかと思う。何だろうほんとに。
最近気付いたのだが、大菩薩峠に関連させて、富士に立つ影の話をしようと思っていたらしい。一行だけ書かれたメモからそのような気配を感じる。富士に立つ影を読んだのはたぶん四年ほど前のこと、あれは僕が時代小説を読むきっかけとなった作品であるので、確かに語りたいような部分はあるわけだが、いかんせん長いので再読しようという気にならないのが困る。そして長いので細部の記憶が曖昧である。ところで模糊って、語源はなんだろうね。糢糊のほうが偏が同じだからこっちが正しいのだろうか。何でノリ(糊の字)なんだろう。頭がすっかり馬鹿になっているような言い草であるが、実際にそうなのかも知れず、それが自分ではわからないというのがいっそう恐ろしいことである。
再読といえば最近ポオ初期短篇を何故か再読したのだが、何故これら初期ホラー作品(たとえばモレラとか)の新訳がどんどん出ないのだろう。時代がかっているとはいえ、黒猫とかモルグ街よりずっと面白いと思うのだが。いや、別に黒猫やモルグ街や黄金虫なんかはもう読み飽きただけで実は面白いのかもしれないよ。ただああいった作品を常識として読んでそれでおしまいにするのはもったいないんでないかと思うのだポオの場合。リジイアとかすげー好きなんだけどな。主人公に殺されるためだけに復活するヒロイン(間違っているとしか思えない読みかた)。アッシャー家の崩壊する館と同じかそれ以上の詩的世界だわ。岩波の新しいほうにはリジイア入ってるみたいだけど、他はないのかなぁ。まぁ見つけたのから拾えばいいか。