むかしむかしあるところで

昔はよく、後でどうにかしようと思っては、机の引出しの奥に忘れていたものだった。それこそ色々様々ありとあらゆるものを。そんなわけで引出しの奥からは得体の知れないものが数知れず出てくる。

まず、去年の大晦日、片付けようと思いながら片付かなかったその他もろもろと共に、片付きそうで片付かなかった姉を無造作に突っ込んでおいたものが出てきた。
あ、おはよう、などと寝ぼけたことを言っている。丸一年近く忘れていてまことに申し訳ないと思っているのだが、実は今2007年の年の瀬なのだ、と教えてやると、ねえ、私、今年は歳取ったの? それとも取らなかったの? と訊いてくる。そんなの知ったことか。我が姉ながら肝が据わっているというか、一年を無駄に過ごしたのはお前の責任だと言いつのる、その目が据わっている。怖い。
どうせ引き出しの外にいたところで、あなたは今年も片付かなかったと思います、とはとても言えない雰囲気ではある。が、空気を読まずに言い放つと、一瞬なんとも言い難い味のある表情を浮かべた後、私のベッドで不貞寝しはじめた。まぁどうせ雑文を書き終えたら、また引出しに入れて忘れてしまうので放っておく。

しばらく引出しをかきまわすが、卒アルや昔使っていたケータイの充電器などの本格的に使い道のないものしか出てこない。とりあえず何でもかんでもベッドの上に放り投げておく。およそ2年前の地層、庭の草刈りの際に邪魔だった物置を突っ込んだその下から、使いかけのセロファンテープが発掘された。つまりここ数年はガムテだけで生活をおくっていたらしい。ガムテープは和製英語だが、粘着テープとしての性能の高さで言えば世界トップレヴェルであろう。セロテープの利点はその透過性にあるが、どうせ貼ってあることは誰でも気付くのだし、ガムテのほうが……いかん、脱線していた。

無意味な脱線をしているうちに、姉の学習机と旧型の大きなゲームボーイとの隙間から、妙なものが発掘された。

一見したところ4リットルほどの、金属のような光沢を持ちつつ、しかし何色ともつかない不透明な液状のカタマリが、水銀のように丸く固まって床の上をするする移動する。これが一体何なのか、どうして引出しにこんなものが入っているのか、さっぱりわからない。つつくと動きをその場で止め、トゲが出て、半割の金平糖のようになる。動いた跡をナメクジのように残すわけでもなし、紙や布が触れても濡れることもないようなので、机を掘り返す間はこれも放っておくことにする。暖かいところを好むのか、ストーブの前に陣取って動かなくなる。謎だ。


しかし、この調子でいけば、引出しの中身を出し切る頃には部屋から物が溢れてしまうかもしれない。少し休憩しようと、何故か6冊もあった卒アルを重ねて、椅子がわりに腰を下ろす。本格的に使い道がなくても、つくりが丈夫なので椅子にできる。これだから何でも簡単には棄てられないのだ。
と、ちょうど目線が引出しの高さと合っていたので、中で何か動いているものがあることに気付く。奥を覗き込むと、どうやら向こうから、女の人が歩いて来ている。ベッドの上を見ても、姉はさしたる反応もなしに血を吐いているので、自力で勝手に向こうに戻って、またこっちに来るというわけではないらしい。もうひとり女兄弟がいただろうかと考えるが、引出しの奥地は忘れていたものの集積なのだから、思い出すわけがなかった。試みに手を振ってみたりしながら、到着を待つ。

こんにちは、私は引出しの精です。と運動不足なのか息を切らしながら女が言う。あなたが落としたのは、劣化しない姉ですか、それとも運動性の高い……。
あわてて女を押し止める。こいつが泉の精と違ってタチが悪いことは、今の今まで忘れていたが、猫を落とした前回で証明済みなのだ。また何かを水銀状にされてはたまったものではない。だいたい撫でて毛を逆立てる水銀って何なんだ。逆に面白いわ。

私は、女もろともすべてのもろもろを、部屋ごと引出しにすべて押し込み、閉じて、そしてぜーんぶ忘れてしまいましたとさ。
とっぴんぱらりのぷう。


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第8回雑文祭に参加させて頂くため、以下の縛りに準じています。
■書き出し: ○○は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
■縛り: 金平糖を文章のどこかに入れる。
■結び: とっぴんぱらりのぷう。