久生十蘭『魔都』

ヤバい。ヤバ過ぎる。面白過ぎる。
1934年大晦日東京。カストリ新聞(こんな言葉あるのか?)記者・古市加十は、安南国皇帝を名乗る男と知り合いになり、なりゆきで彼と深夜まで飲むことになる。午前四時、皇帝の情婦・鶴子の家から帰る加十の目の前に落下してきたのは、辞するまで同じ部屋にいた人物だった。この死に皇帝が絡んでいることを直感した加十は、記者根性で事件にのめりこんでいく……。皇帝はそもそも何故東京にいたのか。安南国に伝わる秘宝とは。警視庁きっての名警視、刑事部捜査一課長・真名古はこの事件の真相を見抜けるのか。二日の午前四時までの、ほぼ丸一日のなかで、『虚無への供物』もびっくりの推理合戦(違うな。それぞれ持っている情報が違うから違う推理をするだけだな)で、それぞれの方向から真相へと近づいてゆく登場人物たち。
一年の連載で24時間を書く、と久生十蘭は言ったらしいのだけど(実際の連載は13ヶ月間)、何人もの作家が集まって雑談しつつアイディアを出しまくってそれを十蘭がどんどん書いていった、とも何かで読んだような気がする(創元ちくまのアンソロジーの解説かなんかだと思う。だから十蘭作、としてしまうと他の作家から不評が出るんじゃないか、なんてふうに続いていたかと思う)。即興的、というか、最終的にどうなるかは決まっていなかったのだろう、と思わせる部分もありながら(登場人物多過ぎですしね)、逆にこの伏線の具合はすごいようにも思えるのですね。話がそんな感じに繋がっていくとは予想もしないような(例えば最後なんて任侠ものよ? ゴッドファーザーさえ彷彿とさせる死人ラッシュよ?)、大胆かつ繊細とでも言おうか、踊子のように舞い剣士のように刺す(的確ということですね)とでも言おうか。登場人物表も付いていますので是非読まれるべきだと思います。
と思ったら絶版だと……。2008年から全集刊行予定なので、って国書から出る日本のマイナー作家の全集なんて一般人が買える値段じゃねぇしな。図書館はあんまオススメしない。多少なり所有欲のあるひとは手元に置いておきたくなる一冊だと思いますので。いや、読まないよりはずっと良いので兎に角読みましょう。声高に叫べば復刊も叶うやも知れません。

追記。現行の三一版全集でも読めます。たしか一巻だったはずだけど、記憶力にはあまり自信ございません。