小林秀雄対話集

のっけから引用。

(p176-p178。河上徹太郎との対談。)
河上 パリの支那料理まずいな。
小林 まずいな。
河上 君は何がうまかった。
小林 酒がうまかった。
河上 どこの……。
小林 酒はどこでもうまかった。酒というのはどうも食い物の根本だな。
   (中略)
    サヴァランを読んでいれば、フランスなんてうまい物だらけの国みたいな気がするがね。さて、そんな物にぶつかる機会はなかったな。それに、食欲旺盛な青年時代にパリに行った人の食べ物話なんか聞いたって嘘ばかりだしな。日本料理の味も知らないのが、フランスで食通になっていて魚の煮込みなんか食わしてくれる。閉口する。日本人の舌は生魚で訓練されている舌だから非常に敏感になっているんじゃないかなあ。生ぐさ物というけれど、魚には臭いはない。あればスズキの匂いとかアナゴの匂いとかアユの匂いとかがあるだけだ。生ぐさいというのは腐った臭いだ。そんなことは、日本人の常識だが、この常識がおそらく日本人だけのものだと言うことがわかったな。西洋の魚には、実際あきれたな。みんな腐っていると言っても過言ではないな。
河上 俺が料理の話をできないのは、あちこち御馳走になって歩いたでしょう。だから悪口言うと、僕を連れて行ったヤツの悪口になるんだ。俺を一流のところに連れて行ったはずはないんだ。(笑)

という部分が破格に面白かったが、他は割とどうでもよかった。小林秀雄はたぶん、悪口を言わせたら素晴らしく面白いだろうと思うので、対談の内容そっちのけでそこらに重点を置いてもらえれば新規読者が開拓できるんではないかなと思いました。
正宗白鳥との対談と、その十五年後の正宗白鳥追悼の対談が収められているおかげで、正宗白鳥が読みたくなる一冊。そういえば白鳥が藤村を褒めながらけなしているのも面白かった。
ちなみに文中のサヴァランはブリア・サヴァラン。『美味礼讃』の作者。未読なのでほんとうに美味しそうな話なのかは存じ上げません。