エラリー・クイーン ハリウッド期(含国名シリーズ補遺)

『中途の家』

なんと法廷劇まである異色作。しかもこれが結構面白いから困る。俺はエラリー・クイーンの読者に向いていないのではないかと思い始める。
トリントンのあばら家で殺された男。ニューヨークの彼の妻と、フィラデルフィアの彼の妻。重婚と二重生活。殺人者は、どちらの人格としての彼を殺したのか。
どちらの彼をって、そこはあなた、ふたつの顔があるから殺されたんでしょうよ……と言いたくなるのはぐっと抑えて読んでいくと、すぐに容疑者が捕まり裁判まではじまってしまう。その上エラリーは女と遊びまわっていて、何かをしているようにはさっぱり見えない。恐るべき作品。しかし何より許せないのはガソリンスタンドの店主である。展開が速いこともあって、今回読んだ十冊ほどの中では一番良かったかなと思う。ただ期待して読むほどではないかなぁ。

『ニッポン樫鳥の謎』

国名シリーズのおまけ的作品。戦前戦中の対日感情を考慮しての改題が元に戻ったというか別物になったというか。でもthe door betweenのほうが、良いんじゃないの? ふたつのドアのある部屋、だともたもたしたタイトルだけど、まぁプロならマシに訳せるだろ。
内側から閂のかけられた屋根裏への扉、窓には鉄格子、そして続き部屋には義理の娘がひとり。部屋の中では手紙を書いていたはずの女が死んでいた。犯人は、凶器はどこへ消えたのか?
やった! 密室だ! とテンションが上がっていいはずなのに、娘視点で延々語られるのがだるいだるい。この娘もかなりの間抜けなのだが、ワトソン役を降ろされたクイーン警視がシリーズ中最高に愚鈍な状態で登場してくれる愚か者パラダイスな作品。勘弁していただきたい。いなさそうでいそうでやっぱりいなそうな名前の日本人が出てきます。衣女だと役職っぽいけどな。キヌメ。国名シリーズではアメリカと並んで出来の悪いシロモノ。いくらミステリファンの多い日本とはいえ、この作品に名前を使われて果たして嬉しいのだろうか。

『悪魔の報復』

いよいよ本格的にハリウッド期到来です。だからといって面白くなるというわけではないあたりが微妙。むしろミステリとしては面白くなくなっていっている感じが。
洪水の影響で一夜にして文無しになった父娘と、手持ちの株を現金化していたおかげで被害を受けなかった父の共同経営者と、娘の婚約者。大富豪になった元共同経営者が殺されたら疑われるのは当然破産した父、しかし父にアリバイがあり、婚約者が事件現場にいたことを知っている娘は、両者を信用し、助けを借りながら真犯人を探す。
簡単に言うと、エラリーが主人公じゃないエラリーものは面白くない、ということなのではなかろうか(ニッポン何とかとかね?)。そもそもどうやって真相に達したのかよくわからない(それは読んでる俺が馬鹿だからじゃね?←誰が馬鹿ですって?)。そしてハリウッドのあるロサンゼルスの警視グリュックは、ただのヘボいおっさんにしか見えない。犯人のおひとよし加減やら勝手にやりたい放題いろいろやってる他のやつらも含めて間抜けパラダイスは継続中だが、段々各々の阿保が板についてきているというか、ユーモラスでさえあって、面白いような錯覚もおぼえる。あるいはもしかすると面白いのかもしれない。

『ハートの4』

名作の誉れ高い作品。ミステリとしてはどうなんだろう。面白いのは、パラダイス状態が取り返しのつかないところまで馬鹿だらけになっているところからきているような気がします。
ストーリはどうでもいいから略。
冒頭エラリーは、前作でも結局会うことができなかったプロデューサについてマネージャにこぼしている。脚本家としてハリウッドに招かれたのだが、会うどころか電話での話すらできず六週間、愚痴をまくしたてるエラリーはかなり面白いが、ほとんど別人のようである。最後までその異常なハイテンションで話は進む。ぶっ壊れ状態のエラリーなんてまだまだまともなほうで、被害者一家(二家)のイカレっぷりには付いて行けない。推理のほうはかなり拍子抜けな終わりを迎えてしまうので、何かミステリを読んだというより、コメディでも見たような感覚。で、コメディとしてはそれほど笑えるわけでもないというようなわけで、なんとも言いがたい。
ところでそろそろ連続してエラリー・クイーンを読むのにも飽きてきた。創元だからあと数冊しかないけど……。

『ドラゴンの歯』

クイーン秘密探偵局初の事件。ていうかもしかして探偵局はこれにしか出てこないのか? 
序盤盲腸でぶっ倒れ腹膜炎を併発して生死の境をさまよい、転地療養中のエラリー。事前にひきうけた依頼の高額料金のため、探偵局の共同経営者がエラリーになりすまし事件にまきこまれ、クイーン警視にバレててんやわんや。
のような話。だから事件がおきるまでが長いんだってば。なんでせっかく探偵なのに、事件が起きる前からの話を延々読まねばならんのだ。いらいらしすぎていい加減禿げるわ。犯人は意外や意外、話に参加してこないいるだけのキャラクタなのだが、ていうかあの話の流れはあいつが犯人だろ、と読み終わった今でも思っている。

まとめ的雑感

さて手持ちの長篇はあとバラバラと二冊ほどだがこのへんでやめにしておく。問題は読みたかったいわゆる“後期クイーン問題”関連の作品に到達していないことであるが、エラリー・クイーンてなにげに結構値が張るんだよな。まだ半分も読んでないし(≒手に入れなきゃいけない冊数が多い)。まとめて手に入れたら続きも読む予定です。この後作家は、架空の街ライツヴィルものを通って『最後の一撃』でいったん活動停止状態になり、五年の空白の後、スタージョンアヴラム・デイヴィッドスンエラリー・クイーン名義で執筆を担当した数作をはさみ、晩年期へというふうに(国名シリーズとハリウッド期を除いても)二十作ほど書いています。とりあえずここまで読んだ感じだと、どれも悲劇四部作を上回る出来とは言いがたい気がするなぁ。Yなんてミステリのお手本のような作品だもんね。クリスティの10人の小さなインディアンなんかと並んで、最初に読んではいけないミステリとしての地位を確立している。